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青島幸男氏の葬儀・告別式 青島幸男前東京都知事の葬儀・告別式で弔辞を読み、関係者にあいさつする谷啓さん(27日午後、東京都港区の青山葬儀所=代表撮影)(時事通信社)

 今月20日に74歳で死去した前東京都知事の青島幸男氏の葬儀が27日、東京都港区南青山の東京都青山葬儀所で営まれた。参院議員やマルチタレント、作家としても活躍した故人をしのび、政界や芸能界などから700人以上が参列。テレビのバラエティー番組でともに活躍した谷啓さんらが弔辞を述べ、別れを惜しんだ。

 葬儀は正午から始まった。まず、石原慎太郎都知事の弔辞を横山洋吉副知事が代読し、「(都知事時代)何事も自分で決める青島流を貫いた姿勢には、改めて敬意を表したい」と読み上げた。

 また、友人代表の谷さんは遺影に向かい、「本当に素晴らしい人でした」と述べた後、「青ちゃん」「谷だ」と往年のギャグを繰り返し、「返事が返ってきませんね。寂しいです。安らかにお休み下さい」と語り掛けた。(時事)

2006年12月27日15時30分 asahi.com


米ソウル界の大御所、ジェームス・ブラウン氏が死去 亡くなったジェームス・ブラウン氏を悼んで掲出されたポスター=25日、ニューヨーク〔著作権:AP.2006〕

 【ニューヨーク25日共同】「セックス・マシーン」などのヒット曲で知られる米ソウルミュージック界の大御所歌手、ジェームス・ブラウン氏が25日、ジョージア州アトランタの病院で死去した。AP通信によると73歳だったが、年齢は諸説ある。肺炎のため24日から入院していた。APが関係者の話として伝えた。

 激しいステップをとりながら力強く歌う姿はミック・ジャガーさんやマイケル・ジャクソンさんらにも大きな影響を与え「ソウル界のゴッドファーザー」と呼ばれた。精力的なコンサート活動を続け「ショービジネス界一の働き者」の愛称も。麻薬などで訴追され、服役したこともある。


訃報 青島幸男さん74歳=前都知事、放送作家、タレント 青島幸男さん

 放送作家、タレントとして高度成長期のお茶の間の人気を集める一方、95年の東京都知事選で無党派旋風を巻き起こすなど政治家としても活躍した前同知事、青島幸男(あおしま・ゆきお)さんが20日午前、骨髄異形成症候群のため東京都内の病院で亡くなった。74歳だった。葬儀は未定。自宅は非公表。喪主は長男利幸(としゆき)さん。

 1932年、東京・日本橋の仕出し弁当店の二男として生まれた。早稲田大学卒業後、テレビのコント番組「おとなの漫画」で放送作家としてデビュー。歌謡バラエティー「シャボン玉ホリデー」で売れっ子に。植木等の「スーダラ節」の作詞などを手がける一方、67年には、テレビドラマ「意地悪ばあさん」に主演し、タレントとしても一世を風靡(ふうび)した。81年に母親をモデルにした「人間万事塞翁が丙午」で直木賞を受賞した。


岸田今日子さん 舞台、映画、TVで活躍 76歳で死去 岸田今日子さん

 女優の岸田今日子さん(76)が脳腫瘍による呼吸不全で17日に亡くなっていたことが分かった。所属する演劇集団円が20日発表した。葬儀はすでに近親者のみで行われた。後日、お別れの会を開くという。

 岸田さんは劇作家・小説家の岸田国士氏の二女。文学座などを経て、75年に演劇集団円に設立同人として参加した。62年の映画「破戒」などの演技で毎日映画コンクール女優助演賞、ブルーリボン助演女優賞を受賞。97年には「八つ墓村」などでブルーリボン助演女優賞を再受賞した。このほかNHK大河ドラマ「武田信玄」(88年)「徳川慶喜」(98年)などに出演。アニメ「ムーミン」の声でも知られる。【デジタルメディア局】

毎日新聞 2006年12月20日 16時02分


訃報 山本悟さん81歳=前侍従長 山本悟前侍従長

 山本悟さん81歳(やまもと・さとる=前侍従長)17日、肺炎のため死去。葬儀は22日午前11時、東京都台東区上野公園14の5の寛永寺輪王殿第一会場。自宅は荒川区南千住8の6の4の1101。喪主は長男裕(ゆたか)さん。

 徳島県副知事などを経て自治省から1978年に宮内庁次長に転じ、88年4月に天皇、皇后両陛下の世話をする侍従職の最高責任者の侍従長に就任した。侍従経験のない行政官の侍従長就任は昭和天皇の病状や葬儀、皇位継承儀式に備えた異例の人事だった。

 昭和天皇の闘病生活を見守り、「大喪の礼」や天皇陛下の「即位の礼」など昭和から平成に変わる儀式を取り仕切り、両陛下が中国やアメリカを訪問した際も同行した。96年夏に脳こうそくで倒れ、同12月に退任した。

12月18日9時55分配信 毎日新聞


20061130-00000017-maip-soci-view-000.jpg 木下順二さん

 NPO法人・葬送の自由をすすめる会(東京)は30日、10月30日に92歳で亡くなった劇作家木下順二さんの遺灰について、故人の遺志によって、海へまく「自然葬」とすると発表した。

 時期は、遺族と話し合った結果、2008年春を予定している。同会の安田睦彦会長は「木下さんの戯曲の舞台にもなった沖縄がよいのでは」と話している。

 木下さんは1997年、自分の遺灰を、93歳で亡くなった母の遺灰とともに海へまくという内容の「自然葬契約」を同会と交わしたという。入会当時、会報に寄せた文章には「私と二人いっしょに流して頂きたいと思います」とつづっている。

 同会は91年の設立以来、1166回の自然葬を行い、計1991人の遺灰を海や山にまいている。

(2006年11月30日20時26分 読売新聞)


20061124-00000005-maip-soci-view-000.jpg 灰谷健次郎さん

 「兎(うさぎ)の眼(め)」などの作品で人間の心の優しさを描くとともに、教育問題にも発言した児童文学作家の灰谷健次郎(はいたに・けんじろう)さんが23日午前4時30分、食道がんのため静岡県内の病院で死去した。72歳。葬儀は近親者で行い、お別れの会などは行わない。自宅、喪主は非公表。

 神戸市生まれ。大阪学芸大(現大阪教育大)卒業後、小学校教諭を務めたが、学校管理が強まるなか退職。沖縄やアジアを放浪した後、作家活動に専念する。74年に発表した「兎の眼」は、女性教師と子供のふれあいを通じて真の教育のあり方を問い、国際アンデルセン賞特別優良作品に選ばれた。また「太陽の子」と合わせて、路傍の石文学賞を受賞した。両作品は映画化され、「兎の眼」は大人にも読まれベストセラーになった。

 80年に神戸市から兵庫県・淡路島の山中に移って自給自足の生活を始めた。その後も沖縄県の渡嘉敷島、静岡県熱海市に転居を繰り返し、独自のライフスタイルで執筆を続ける傍ら、83年には自らの教育理念に基づく保育園を神戸市に作った。

 97年には神戸・小6男児殺人事件で新潮社の写真週刊誌「フォーカス」が容疑者の少年の顔写真を掲載したことに抗議し、「兎の眼」など約30作品の版権を引き揚げた。04年12月に食道がんの手術をし、今年9月に再入院していた。

 他の著書に、短編集「ひとりぼっちの動物園」(小学館文学賞)、長編小説「天の瞳」、「灰谷健次郎の本」(全24巻)、「灰谷健次郎の発言」(全8巻)など。

 ▽映画「兎の眼」で教師を演じた檀ふみさん 「兎の眼」はすばらしい作品で、登場人物もしっかり描いておられた。映画では思うように演じられず、今でも胸が痛みます。やさしく繊細で傷つきやすい少年の心を持った方で、世の中の悲しみをみつめるような鋭いまなざしも印象に残っています。他方、ちゃめっ気もあり、離島に家を建てたのでとお誘いを受け、お風呂が、外から丸見えだと、笑って明かされたこともありました。

(毎日新聞) - 11月24日10時14分更新


 精神科医でエッセイストの斎藤茂太(さいとう・しげた)さんが20日、心不全で死去した。90歳だった。告別式は12月3日午後1時、東京都港区南青山2の33の20青山葬儀所。喪主は妻、美智子さん。

 歌人で精神科医の斎藤茂吉の長男で、作家・北杜夫氏の実兄。慶大医学部で精神医学を専攻し、斎藤病院院長を務める傍ら、旅行記や人生論など軽妙洒脱(しゃだつ)なエッセーを多数執筆。「茂吉の体臭」「精神科の待合室」「モタさんの快老物語」などで人気を博し、モタさんの愛称で親しまれ、今年も多数の本を出版していた。

 根っからの飛行機ファンで、飛行機の部品収集でも知られた。日本精神科病院協会名誉会長、日本旅行作家協会会長を務めた。

(2006年11月21日13時41分 読売新聞)


 個性的な演技で活躍した俳優で演劇集団円代表の仲谷昇(なかや・のぼる<本名・昇流=のぼる>)さんが16日、慢性閉塞(へいそく)性肺疾患のため東京都内の病院で亡くなった。77歳。葬儀は家族による密葬で、劇団葬を後日行う。自宅は非公表。喪主は未定。

 中央大を中退し文学座演劇研究所に入り、後に座員に。1953年、今井正監督「にごりえ」で映画に初出演し、中平康監督「猟人日記」「砂の上の植物群」では主役を務めた。

 63年、芥川比呂志らと文学座を脱退し劇団雲を結成。75年には演劇集団円を結成し92年から代表。舞台、映画、テレビで名脇役として活躍し、深夜番組「カノッサの屈辱」(フジテレビ)では教授役を務め人気となった。

毎日新聞 2006年11月17日 16時33分


TKY200611100308.jpg はらたいらさん=01年9月撮影

 テレビのクイズ番組の解答者として人気のあった漫画家のはらたいら(本名・原平=はらたいら)さんが10日午後0時7分、肝不全のため埼玉県富士見市の病院で死去した。63歳だった。通夜は14日午後6時、葬儀は15日午前11時30分から東京都板橋区板橋1の48の13の新板橋駅前ホールで。喪主は妻ちず子さん。

 高知県生まれ。TBS系のテレビ番組「クイズダービー」に77年1月から92年6月までレギュラー出演し、高い正解率で人気を集めた。漫画家としては風刺、ナンセンス漫画を得意とし、代表作に「ゲバゲバ時評」「モンローちゃん」などがある。

 40歳代の末から気分の落ち込みに苦しんだ体験を、著書「はらたいらのジタバタ男の更年期」にまとめた。84年には日本雑学大賞、ベストドレッサー賞を受賞した。

asahi.com 2006年11月10日19時06分



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