ADMIN TITLE LIST
奉遷の儀「賢所皇霊殿神殿を仮殿に奉遷の儀」が執り行われた=皇居・賢所正面で29日午前9時32分(代表撮影

 皇室の神事を行う皇居の宮中三殿で、耐震補強工事を今月末から約10カ月かけて行うため、納められているご神体を近くの仮殿に移す「奉遷(ほうせん)の儀」が29日、行われた。

 儀式では、白装束姿の宮内庁職員ら約80人が、ご神体を移した輿(こし)やかごを担ぎ、午前9時半ごろ列になって三殿を出発。約70メートル離れた仮殿まで15分ほどかけて運んだ。天皇、皇后両陛下は参列せず、同時刻に御所の庭から三殿に向かいおじぎしたという。

 宮中三殿は天照大神(あまてらすおおみかみ)を祭る賢所(かしこどころ)と皇霊殿、神殿からなり、ヒノキを使った高床式の入り母屋造りで、1888年に完成した。04年の耐震調査で補強が必要と判断され、床下や天井裏を補強する。宮内庁によると、大規模な改修工事は関東大震災による被災の修復以来82年ぶり。

(毎日新聞) - 5月29日17時15分更新



 【シドニー28日共同】米地質調査所(USGS)の観測によると、南太平洋のパプアニューギニア沖とトンガ沖で28日、それぞれマグニチュード(M)6・2と6・7の強い地震が相次いで発生した。いずれも大きな被害や死傷者は伝えられていない。米太平洋津波警報センター(ハワイ)は、大きな津波の恐れはないとしている。

 パプアニューギニア沖の地震は28日午後1時12分(日本時間同零時12分)に発生。震源地はニューブリテン島のキンベの東110キロ、震源の深さは約40キロだった。

 トンガ沖の地震は午後4時36分(同零時36分)に発生。震源地はトンガタプ島にある首都ヌクアロファの北北東145キロ、震源の深さは約50キロだった。

(共同通信) - 5月28日18時5分更新



ジャワ島地震、死者5000人 崩れた家の前に座り込む住民たち。外で一夜を明かし疲れ切っている=AP
 インドネシア・ジャワ島中部で27日発生したマグニチュード(M)6・3の大地震で、AP通信によると、死者は少なくとも3731人に上っている。

 政府の救出作業は夜を徹して続けられているが、多数の住民が依然がれきの下敷きになっていると見られ、当局者は、犠牲者数が最終的に5000人に上る恐れがあるとしている。

 赤十字当局者によれば、家を失った被災者は約20万人に上り、その多くが屋外やテントで余震におびえながら一夜を過ごした。被災地では水・食料、毛布、医薬品などが圧倒的に不足しており、日本が28日に緊急援助チームを現地派遣したのをはじめ、欧州連合(EU)や国際赤十字社・赤新月社連盟など国際社会が支援に乗り出している。




ジャワ島地震 インドネシア・ジャワ島ジョクジャカルタ州を襲った地震で完全に崩壊した州都ジョクジャカルタのビル。政府によると、死者は既に2727人に達した(27日)(AFP=時事)20時25分更新

 【ジャカルタ=黒瀬悦成】インドネシア・ジャワ島中部で27日午前5時54分(日本時間同7時54分)発生したマグニチュード(M)6・3の大地震で、同国政府の災害対策本部は同夜、ジョクジャカルタ特別州を中心に3068人の死亡が確認されたことを明らかにした。

 負傷者は数千人に上るとみられるほか、インドネシア赤十字によると、20万人以上が家を失ったとされ、インドネシアとしては2005年3月28日に1700人以上が死亡したスマトラ島沖地震を上回る大惨事となった。



静嘉堂裏庭FC2ブログというのを試してみたくなって借りてみた。
ファイルのアップロードがちょっとスマートでないようだ。
回り込みはどうすれば出来るのだろう?
どうやら回り込めたようだが、慣れないとちょっと戸惑いそうだ。
サムネイルはポップアップではなく別ページ。

ちなみにFC2ブログは容量1GB。
確か無料HPも1GBだったと思う。ただしCGIは不可。
しかもブログには殆ど広告らしい物はなく、HPも最下部に細い広告だけ。
ありがたいサービスだが、使い道に戸惑う。



20060814-04646660-jijp-int-view-001.jpg インド独立運動の英雄チャンドラ・ボースの死についてインタビューに答えるおいのボース下院議員。同議員は「事故死を否定する多くの状況証拠がある。われわれは真実を求める」と語っている(11日、ニューデリー)(時事通信社)16時50分更新

台北事故死は“偽装” インド調査委

 【シンガポール=藤本欣也】インドの独立運動の英雄、チャンドラ・ボース。第二次大戦終戦直後に台湾で飛行機事故死したことになっているが、インド政府の調査委員会はその定説を真っ向から否定する報告書をまとめた。日本で保管されている「遺骨」も「ボースのものではない」と結論付けている。ボースは死なずにどこに行ったのか。六十年以上にわたり続くインド最大のミステリーに幕は下りそうもない。

 ボースは一九四五年八月十八日、台北の松山空港で中国・大連に向かう際、搭乗機が離陸に失敗し炎上、全身火だるまになって病院で四十八歳の生涯を終えたとされる。遺体は台北で荼毘(だび)に付され、遺骨は日本に移送されたというのが定説だ。

 これに対し、一九九九年に組織された政府の調査委員会は今月十七日、報告書を公表。(1)ボースは台北の飛行機事故で死亡しなかった(2)よって日本に保管されている遺骨はボースのものではない−と結論付けた。



| HOME |

Design by mi104c.
Copyright © 2006 今日はこんな日_2006, All rights reserved.
FC2ブログ