8〜9世紀ごろの寺とされる瀬田廃寺の発掘調査で見つかった八脚門を支えたとみられる直径2.6メートルの穴の跡(男性右側)。奈良時代に全国に建立された国分寺の一つだったとみられる(25日、大津市野郷原)(時事通信社)22時20分更新 大津市教委文化財保護課は30日、同市野郷原1の瀬田廃寺跡から、南門の礎石穴の遺構が見つかった、と発表した。穴は幅2メートル超のものもあり、同課は「高さ数メートルの巨大な門があったと考えられ、近江国分寺の一つであった可能性が高まった」と話している。
同寺は近江国庁の南西約800メートルに位置し、奈良時代中期から平安時代初期にあったと考えられる。名神高速道建設に伴う昭和30年代の発掘調査で、塔や金堂が並ぶ伽藍(がらん)配置が確認されていた。
今回の調査で塔の南側から、東西に並ぶ四つの穴を確認。門柱の礎石を据えたと考えられ、最大2・6メートル。中央の柱間は5・1メートル。八脚門が立っていたと考えられる。
同課によると、近江国分寺は8世紀後期に焼失後、9世紀前期に瀬田川西岸の国昌寺が国分寺となるまで、どこにあったか分かっていない。同課は「同時代にこれほど大きな門を持つ寺の例は全国的にも少なく、瀬田廃寺が国分寺であった可能性がますます高まった」と話している。
現地説明会は11月3日午後1時から。問い合わせは同課(077・528・2638)。【高田房二郎】
(毎日新聞) - 10月31日16時1分更新