高麗寺跡から出土した鴟尾の破片=京都府山城町で27日午後2時20分、大橋公一写す 京都府山城町教委は27日、7世紀(飛鳥時代)に創建された同町上狛(かみこま)の国史跡高麗(こま)寺跡から、南門の遺構と鴟尾(しび)の破片が見つかったと発表した。鴟尾は金堂や講堂など格の高い建物の屋根に対で置かれる飾り物で、南門での発見は国内初。鴟尾は高さ、幅各約90センチ、奥行き約40センチで、半分を復元した町教委は「寺は大和に入る北の玄関口にある。朝廷の強い影響を受けて南側の正面景観を重視した構造」と説明する。
同寺は東側に塔、西側に金堂が建ち、両方を囲む回廊が北側で講堂、南側で中門とつながる「法起寺式」。発掘調査で、中門の南約5メートルの地点から直径60センチの礎石と礎石穴を発見。近くから大量の瓦片と鴟尾の破片約30点も見つかった。遺構は南門東端部分とみられ、門は伽藍(がらん)の中軸線より約10メートル西にあることも分かった。
鴟尾は8世紀末ごろの作とみられる。遺構の下層からも別の鴟尾の破片や瓦片が見つかっており、町教委は「創建以後、南門の建て替えがあったのかも」と話している。【新宮達】
(毎日新聞) - 11月28日17時6分更新